【光明追想】
中国工程院院士、蘇州大学光電科学・工程学院研究員の潘君骅氏は、病気の治療が効かなかったため、2023年12月18日に蘇州で死去した。94歳だった。
潘君骅、1930年10月上海市生まれ。1952年清華大学機械製造学科卒業後、中国科学院器械館(中科院長春光機所前身)に配属。1956年から1960年にかけて、ソビエト連邦レニングラードプルコボ天文台に学び、副博士号を取得した。1980年、南京天文機器工場に異動し、2.16メートル光電望遠鏡の開発を主宰した。1999年に中国工程院院士に選出された。2000年に蘇州大学現代光学研究所に招聘された。
潘君骅は長期にわたり光学素子及び機器の開発、加工及びテストに従事し、大口径光学プロジェクトの実施を組織し、非球面応用を提唱し、光学検査技術の発展を推進するなどの面で重要な貢献をした。
天文学光学への愛は、彼の一生を伴った。彼はよく、趣味だからこそ、絶えず心を込めて研究してこそ、個人の損得にこだわらず、自分が身につけた知識や技術、さらにはいわゆる「絶命」を分かち合い、技術により多くの人を幸せにすることができると言う。「現在と未来の科学研究者が自分が本当に好きで、そのために努力したい興味を見つけ、より優れた成績を収めてほしい」。これは潘君の後学への期待と励ましである。(光明日報全メディア記者李苑)