【光明追想】
中国工程院院士、世界的に有名な林木遺伝育種学者、南京林業大学教授、元校長の王明庥氏は、病気の治療が効かず、2023年11月18日に南京で死去した。91歳だった。
王明姉は、1932年3月12日に湖北省武漢市で生まれた。1954年7月に華中農学部林学科を卒業し、南京林学院に就職した。1962年にモスクワ森林工学院を卒業し、副博士号を取得した。1984年1月から1993年1月まで南京林業大学学長を務めた。1950年7月に中国共産党に入党し、1994年に中国工程院院士に選出された。
王明姉は我が国の有名な林木遺伝育種学者と林業教育家である。彼は率先して我が国の黄淮と長江中下流地区で南方型アメリカ州黒楊の導入試験を展開し、アジア最大のアメリカ州黒楊の種質資源庫の構築を主宰し、創造的に「三交」楊樹の育種戦略を提案し、そして14の楊樹の新品種を選んで育成し、栽培を広め、農民の増収と経済社会の発展に大きな貢献をした。彼は我が国初の比較的系統的な『林木遺伝育種学』を編集し、一連の林業教育と教育改革の新しい構想を提出した。
王明庥の学術成果は風砂を防ぎ、環境を美化するだけでなく、経済が未発達な地域の豊かさを助けた。称賛の声があるたびに、彼はいつも謙虚に言った。「一方の経済に幸福をもたらし、庶民のために福祉を図ることが私の最大の栄誉だ」(光明日報全メディア記者李苑)