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人民フォーラム:政治への根気はどこから来るのか

2019-07-10 09:43
出所:人民網

人々はよく、仕事をするには根気が必要だと言う。では、官としての政の底力はどこから来るのか。ある幹部は「実際に仕事をすれば、やる気が出る」と言って、この話は人に考えさせた。

幹部にとって、為政の底力は、大衆の利益に直面した時に、「天視自己民視、天聴自己民聴」を実現することである、困難を抱えて困惑している時、「善学者はその理を尽くし、善行者はその難を究める」ことを知っている、堅塁を攻略して困難を克服する必要がある時、「国のために事を起こしてはならず、恐れてはならない」ことを堅持する。利益の誘惑を前にして、「天に恥じず、人に恥じず、内は心に恥じない」。心の中には民がいて、身をかがめて親になり、清廉潔白で、政のためには天に立つことができて、人として初めて堂々とすることができます。「初心を忘れず、使命を銘記する」というテーマの教育は、具体的な目標の一つは清廉潔白を模範とし、その重点は広範な党員幹部が民のために実務的で清廉な政治的本領を維持するよう教育し、清廉潔白を官のために、清廉潔白に仕事をし、おとなしく誠実に人間として働くように導くことにある。

政治の根気のために大衆の中から来る.大衆を師とすることは、従来から党の優れた伝統と優位性である。習近平総書記は2019年の新年の祝辞で、「人民は共和国の堅固な基礎であり、人民は私たちの執政の最大の基礎である」と強調した。各級幹部にとって、大衆に近く、大衆と心を通わせ、政策決定をし、事を行うことは自信満々になるだろう。「腹の中にインクがある」「目の中に世界がある」と思い込んでいる幹部は、何かにつけて主観的で独断的で、剛直で、大衆の意見を聞かず、「意地」が吹いているように見えるが、往々にして事が足りず、失敗して余ることがある。「地気」を受けなければ、底気がありにくい。大衆を信じ、大衆に依拠し、大衆の創始精神を尊重すれば、創業を幹事する堅実な気概がある。

政治の根気のために実践からやってくる。全国優秀県委員会の廖俊波書記には「序盤は決戦、序盤はラストスパート」という名言がある。威光はやってきたもので、実績はやってきたもので、有力な肩を担うことは周囲の人に力強い頼りになる。対照的に、一部の幹部は「よくやった」より「よく書いた」「よく言った」と感じ、「注水材料」で成績を上げ、実務的にやったことに代えて思わせぶりで、為政の方向を見失うことを免れない。着実にやることは事業の基本であり、底気の源でもある。勇敢に責任を負い、職務に忠実にしてこそ、能力は千鈞を選ぶことができる。本当に身をかがめてこそ、背筋を伸ばすことができる。あえてやる、真にやる、実際にやると、やる気が出る。虚名を図らず、虚功に励まず、政治担当、歴史担当、責任担当を前面に押し出してこそ、党員幹部は新時代に属する優れた成績を創造することができる。

政治の根気のために清廉の中から来た。明代の『官箴』には、「吏は吾厳を恐れず吾廉を恐れ、民は吾能に従わず吾公に服従する。公則民は遅くもなく、廉は吏を欺くことができない。公生明、廉は威を生む。」と書かれている。指導幹部が人間として、仕事をし、権力を使い、友人と付き合うための一線を守ることは、党と人民が自分に与えた政治的責任を守り、自分の政治的生命線を守るための必要性だけでなく、公信と権威を確立するための必要性でもある。為政に私心雑念があれば、至る所で壁にぶつかり、立派なキャリアを葬られるに違いない。指導幹部は初心を研磨し、廉潔で自律的、公正な処遇の面で手本を示してこそ、背筋を伸ばし、一方の庶民の信頼と推戴を勝ち取ることができる。

習近平総書記はかつてこのように広範な幹部、特に若い幹部に対し、信念が強く、政治が強く、能力が高く、気風が強いことを実現するよう呼びかけた。人間としても官吏としても、そのような根気があり、常に赤子の初心を抱いていれば、物事を処理することができ、困難や危険を恐れず、党と人民の事業の答案に新しいすばらしさを書き続けることができる。

「人民日報」(2019年07月10日04版)

責任編集:郭艶慧

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